発見の日々 ライブドア本館

毎日、世界のどこかですごい発明や発見がなされています。私の好奇心のおもむくままにニュースの中に埋もれた発見にスポットを当ててブログ記事にしていきます。仕事が広報関係なので広報ネタも多いです。

タグ:広報

ほんとに久しぶりの投稿です。
なぜ、またブログ投稿を始めたかの話を別のブログに書きましたので関心のある方はお読みください。
ナラティブの原点へ——SNSの時代を越えて、私は再びブログに帰る - 根気と好奇心と一杯のコーヒー

実は数年ぶりに大学向けの講演を2本もやることになった。さらに記事も書くことになった。
--------------------------
jugyoufuukei

さて本題です。

大学界隈でよく聞く声がある。「AIが作るものは結局浅い」。
生成AIの出力は表層的で、人間らしい深みや独自性に欠ける——そんな懸念は、特に教育や広報の現場で根強い。私はこう思う。

それは「使い方」の問題だ。AIをただ丸投げすれば確かに浅くなる。しかし、正しくマネジメントすれば、AIは人間の思考を拡張し、大学の中身をより深く、社会に届ける強力なパートナーになる。
大学広報の本質は、SNSで拡散することではない。メインコンテンツを緻密に磨き上げることにある。SNSは優秀な拡散ツールで十分だ。広報が担うべきは、組織の内外をつなぐ「大学改革そのもの」である。認知負債とは何か——AI任せがもたらすリスク「認知負債」(Cognitive Debt)とは、生成AIに思考プロセスを過度に依存することで、記憶・批判的思考・メタ認知などの認知活動が長期的に低下・蓄積する現象だ(MIT Media Labなどの研究で指摘)。

便利さの代償として「脳の筋肉」が衰えるイメージである。教育現場では、学生がAI出力のエッセイをそのまま使うケースで、学びが表層化する懸念が実際に起きている。しかし、これはAIの限界ではなく、浅い使い方が生む負債だ。AIを「たたき台」や「拡張ツール」として位置づけ、人間が徹底的に監修・深化させるプロセスを入れれば、負債を避け、むしろ深みを加えられる。
実例1:東京情報大学「AI学長式辞」——大学の中身を式典で体現2026年3月25日の学位記授与式で、東京情報大学・吉本博明学長は日本初の試みを実施した。
学長監修のもと生成AIで式辞を作成し、ボイスクローンで学長の声で朗読。その後、学長本人がリアルに「AI時代の学びと表現」をコメントする二層構造だ。ここが鍵だ。
AIにドラフトを作らせても、学長が内容を徹底監修し、最後に人間の責任で語る。このプロセスこそが、大学が提唱する「AIと人の協働」を、卒業式という最も象徴的な場で体現している。

もしAIに丸投げしていれば「浅い」式辞で終わっていただろう。人間のマネジメントが入ることで、大学の中身(AI活用教育・DX推進)が主役になった好例である。
実例2:立命館大学 学術プレスリリースの「3ヶ月準備」立命館大学では、重要な研究成果のプレスリリースに約3ヶ月をかける文化がある。研究者と広報が何度も議論を重ね、「何を、どう切り取って社会に届けるか」を丁寧に磨き上げる。このプロセスは、AI時代でも変わらない「緻密なカット」そのもの。AIがドラフト生成や要約を支援しても、最終的な判断と調整は人間が行う。結果として、ただの情報発信ではなく、大学の独自性(棲み分け)を社会に明確に刻む深いコンテンツが生まれる。他の大学で見る「深まる使い方」の広がり東北大学:全国の大学に先駆けてChatGPTを業務導入。会議音声の文字起こし・要約アプリを内製開発し、業務効率化を図りつつ、人間が最終確認するプロセスを重視。生成AIを組み込んだ対話システムも導入し、学内データを活かした正確な応答を実現している。

京都大学:医学部附属病院でAI英語論文執筆支援ツール「Paperpal」を導入。AIが翻訳・校正・リライトを支援するが、研究者の専門知見で内容を深掘り・検証。執筆時間の短縮と論文の質向上を両立させている。
大阪大学:全学事務部門に生成AIを大規模導入(Knowledge Stackなど)。文書作成や議事録要約に活用しつつ、教員向けガイドで「AIを使うだけでは学びは深まらない」と指摘。学生の主体的な思考を促す評価方法を併せて検討している。
追手門学院大学:大学公式アプリに日本初のマルチエージェント型「AIアカデミックアドバイザー」を搭載。学生個々の学修データに基づく個別最適アドバイスを提供するが、人間スタッフがフォローする仕組みで表層的な支援に留まらない。

これらの事例に共通するのは、AIをコンテンツ生成の補助にとどめ、人間が中身の責任を持つ点だ。

広報業務でも、プレスリリースの原案作成などにAIを活用する動きが増えているが、成功のカギは「3ヶ月準備」のような丁寧な人間介入にある。Human-in-the-loop(人間の監修・深化)という考え方だ。だから大学広報は「メインコンテンツ」を磨け2026年問題(少子化と大学の淘汰危機)の中で、大学に求められるのは「競争のための露出」ではなく、「棲み分けのためのナラティブ」だ。大学は「コンテンツの塊」である。学長の理念、研究者の知見、学生の学び、すべてが豊かな原石だ。
広報の役割は、この原石を緻密にカットされたダイヤモンドのように磨き上げ、社会に届けるマネジメント機能を発揮すること。

AIはカット作業を高速化してくれる道具に過ぎない。最終的な輝きは、人間の目と責任で決まる。SNSは拡散ツールとして優秀だ。だが、拡散する中身が浅ければ、ただのノイズになる。
AI時代こそ、広報は組織の内外をつなぐ機能として、メインコンテンツの質にこだわろう。大学改革としての広報へ「AIが作るものは結局浅い」という言説は、警告として受け止めるべきだ。

しかし、それを「AIを使わない」理由にせず、「どう使えば深まるか」を大学全体で問い続けること——それが真の大学改革である。東京情報大学のAI学長式辞は、その一歩を示している。
あなたの大学でも、AIをパートナーに据え、中身を主役にしたコンテンツ作りを始めてみてはどうだろうか。

大学は「コンテンツの塊」である。
それを緻密にカットし、磨き上げ、社会とつなぐ広報の仕事は、大学を変える重要な鍵を握っています。しかし、その鍵を握るのは広報を担う私たち自身だ。
これまでの経験や知識、意識を大胆にアンラーニングし、広報のあり方を根本から変えなければ、本当の大学改革は始まらない。競争のための露出ではなく、棲み分けのためのナラティブを創り出す。
大学の中身を主役にしたマネジメントを実践する。
緻密にカットされたダイヤモンドのような独自の輝きを、社会に届ける——。今こそ、私たち広報担当者が変わらなければならない。
大学広報の改革が、大学が変わるためのキーである。


--------------------------

というわけでブログでの発信を増やそうと思う。アクセス数は気にせず、ブログのアーカイブ性とネットのロングテールに期待して書いていく。

私はカエルグッズやカエルネタが好きである。

ippei


だから基本、ネット上でカエルネタ、ニュースを見つけるとクリックしてしまう。

文字でもビジュアルでもそうだが、やはり画像があった方が注目度は高い。

そんな流れで

愛媛で活躍中のゆるキャラ一平くんを見つけた|ソーシャル系広報ブログ『蛙の目』

という流れになった。

本職が広報なのでこういう流れになるわけだが、自分にとってのフックが「カエル」というところが面白いと自分を観察している。

そしてこれが別な人の場合にもあてはまるだろうと思っている。

関心があること(Interest)はCLICKするし、検索 Search する。これは今までの検索エンジンの法則。 (AISAS)

今回、ヒントと考えているのは、Sの二つ前のAttention。

言いたいことはアッテンションがあってインタレストではなく、私の中のインタレストに応えるアテンションです。

当たり前といわれれば当たり前で、おそらく今のレコメンドエンジンはそういう風になっているのだろう。

すでにその人の趣向はデータとして持っているので、その趣向に合うようにネットに広告としてではなく、記事をもレコメンドしているかもしれないと思うと恐ろしくなる。

レコメンド広告としてすでに商品化しているが、怖いのはニュースコンテンツもそういうようにセレクトされるようになること。ネイティブ広告ならまだいいが、今回私が上記記事で取った行動までも予測して誘導される可能性についてだ。

要するに「風が吹けば桶屋が儲かる」式のかなり長い導線で仕掛けるマーケティングということ。

私たちはいまスクーというオンライン動画学習サービスで次のような講座を提供しているが、その中で語られたことを最後に紹介しておく。
エンジニアのためのベイズ統計学 松原 望 先生 - 無料動画学習|schoo(スクー)WEB-campus

前回の『エンジニアのためのベイズ統計学-レコメンド機能-』の中で松原望東大名誉教授(統計学)が「自分で自分に囲まれる」と表現された。

そんな感じがしてきて怖い。

schoo01








5
social-media-407426_640
ブログとともに歩いて来た11年

考えてみたらかれこれ10年以上もブログを続けているが、事あるごとに実験と称してブログを台無しにしてきた。

いや、ブログサービスに翻弄されてきた、が正しい。

始まりはまだブログが日本に入って来たばかりの2004年。

株式会社ドリコムのMyプロフィールというブログとテキスト日記サービスとの中間のようなサービスでスタート。

途中、ライブドアに事業譲渡されてしまったので、ライブドアブログに引越し。

その間、

週刊SPAにサラリーマンブログとして紹介されたり、

DIMEのコーヒーキャンペーン(確かマックカフェのスタート時)で取り上げてもらったり、

秋田の連続児童殺害事件(畠山鈴香事件)をしつこく追いかけて一日2万アクセスを稼いだり、

なぜか窪塚洋介君がマンションから飛んだ事件の前に彼のブログに私のブログへの言及があったこおからアクセスが殺到し、しばらく閉鎖されたファンクラブの代行のような状態になったり、


それなりにいろいろな事件があった。

キュレーションの取り組みでつまずく

マネタイズ、アフィリエイト、副業という言葉に惑わされて膨大な時間をそのために費やしてきたが、それは私には無理とわかるまでだいぶ無駄をした。徒労感は半端ない。

またキュレーションがトレンドだと思い、手動まとめサイトではなく、キーワードを設定してRSS受信することを実験するためにライブドアブログよりもFC2の方が使いやすかったので、引っ越しを断行。

ところがそれが裏目に出て、鳴かず飛ばずの状態。

『発見の日々 本館』としてライブドアブログを残し『発見の日々 FC2別館』として「発見」をキーワードに情報を発信しているが、虻蜂取らずで、ともに力が入っていない状態。

その間に作ってきたサイトなども多数が放置状態で残っている。

セルフブランディングを決断

まあ長くネットで生きてきたので、時間をかけてしっかりと記事を書けばそれなりにアクセスを取ることはできる。

そう思い続けていてもラチは開かない。

そこで、なんとかこの夏にパワーブログに返り咲くために、アイデアと情熱を注ごうと決断した。

そしてその決意を形にするためにサラリーマンとしての懸案である顔出し、名前出しも踏み出し事にした。

妥協したのは本名ではなくペンネームによるブランディング。

昔、『ゲイリーの稼ぎ方』とか鉄道ジャーナリスト・中島茂雄さんの本を読んでセルフ・ブランディングをやってみたいなと思ってきたが、踏みきれずにいたが、ようやく動き出した。たぶんその本を読んで5年位は経っている。

『ゲイリーの稼ぎ方』1,2章をpdfで読めます。

http://iwamototakahisa.com/CI_Chapt1_2.pdf



動き出すためにはやはり情熱というかエネルギーが必要で、夏休みにスタートすることにした。

なんとか、『森田達也-アイデアをカタチにする仕事人』というブランドをセルモーターのないクラシックカーのように手動でエンジンを回しはじめた。ブルブルとホコリを払いながら動き出す感じが、地味ながら心地がよいと感じている。

ポンコツ車だからエンジンが快調に動くまでには、少し時間がかかりそうだ。

時代に合わせていくにはやってみなければわからない、いろいろな細かな調整というものがある。

ペンネームでの仕事が舞い込むようになるまでにはしばらく時間がかかりそう。

当面の目標を定める

それでも目標が出来たのでなかなか充実はしている。

宣言したからにはやり抜かなければならないという気負いもあり、緊張もある。

これまで野放図に広がっていたネットでの活動が目標に向かって集約されつつある観がある。

実はソーシャルメディアを使った広報ということをペンネームを使って実践しながら、徐々にそのノウハウや考え方を伝えることをやっていきたいと考えているのだ。

本名だとどうしても組織を背景に仕事することになるので、動きずらい。

名も無き一個人が、ネットに信用を作りあげる

というのが私の考えるセルフブランディングなのだ。

そういうわけで、もう一度ブログ『発見の日々』を起点に出発を果たそうと動き出したわけだ。

リアルの友だちにもSNS上の友だちにも応援をお願いしたい。

続きを読む

このページのトップヘ